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 あの冒険の旅から、数ヶ月の歳月が流れた。ハーゴンとの苦しかった戦いは、もう夢の彼方のようだった。

 「カイーン。こっちよ」

 白馬に乗ったあたしは、草原の彼方から彼の名前を呼ぶ。カインは急いで手綱を引き、馬を走らせた。白つめ草が風に揺れた。追いつかれそうになったので、あたしは馬の首をめぐらせ、湖の彼方に向かって逃げていく。快い笑い声が、野の風に乗って流れた。

 「おい、待てよ」

 水しぶきをあげて、二頭の馬は波打ち際を蹴った。カインの顔は、すぐ後ろだ。

 彼は馬の鞍に両足を乗せて立ち上がり、思いっきりジャンプした。あたしに飛びついた。

 「きゃっ!カインったら、もうっ」

 あたしたちは一緒に馬から転がり落ち、砂浜を転がった。冷たい波が、二人の体を濡らしていく。馬は駆け抜け、聞こえるのはただ波の音だけだった。抱きしめていた腕がゆるまり、彼はあたしの目を見つめた。そのとたん、息をのんだ。

 「…目を覚ましてください、ナナ様。もうご起床の予定を半刻も過ぎておりますよ?」

 すぐ目の前にあったのは、ムーンブルク王宮女官長の顔。はしばみ色の瞳が、怒るわけでも、責めるわけでもなく、ただじっとこちらを見つめている。状況が飲み込めずにいるあたしを尻目に、彼女は自分の肩にまわっていたあたしの両腕をゆっくりと振りほどいた。

 「−−サマルトリアの皇太子殿下にお会いするのが随分と楽しみなようですけれど。ご本人を目の前になさった際にも、もう少し素直になってはいかがですか?」

 控えめに、だけど見逃しようのない笑みを口元に浮かべて彼女は言う。途端に、自分がとんでもない夢を見ていたこと、おまけに寝ぼけて女官をカインと勘違いしていたことに気づいて、あたしの顔は真っ赤になった。

 「ちょ、ちょっと…!何でそうなるのよ!?あたしはそんなつもりじゃなくて、ただ……!!」

 必死で弁解しようとするけれど、彼女はまともに取り合う気がないようだ。やんわりとあたしの言葉を遮ると、手にしていた包みを差し出す。

 「お言いつけ通り、本日の衣装をお持ちしました。お召し替えが済みましたら、またお呼びくださいませ。」

 恭しくお辞儀をすると、彼女はあたしの寝室から出て行った。その態度にはどうにも納得がいかなかったけれど、これ以上の弁解は無理だと悟り、あたしは大人しくベッドから身を起こした。大きめのドレッサーの上には、一番お気に入りの薄紫のドレス。

 まだ数回しか袖を通していないから、女官たちはあたしがこの衣装をあまり気に入っていないと思っていたらしく、今回の記念式典で身に着けるからと言い渡すと、驚きを隠そうともしなかった。

 でも、あたしはこの服が大好きだ。一番のお気に入りだから、特別な機会にしか着たくない。普段から身に着けていたら、ドレスはすぐに傷んでしまう。だからなるべく使わないようにして、大事にワードローブの奥深くにしまっておいてほしいのだ。

 昨日の夜にそう説明したら、女官長は複雑な表情になって首を振った。「ナナ様、くれぐれも誤解されないようにお気をつけあそばせ」と、よく分からないことを言う。

 一体あれはどういう意味だったのかしら、そう疑問に思いながらもあたしはドレスを纏い、仕上げにルビス様から賜った紋章のネックレスをかけた。

 −−そういえば、今日の式典で身につけるために、昨夜宝物庫から出しておいたのだけれど。ハーゴンの居城では幻覚を打ち破ってくれたこの護符も、夢には効き目がないのかしら?

 そんなとりとめのないことを考えつつ、侍女たちに髪を結い上げてもらおうと思って部屋を出る。普段なら扉のすぐ外に待機しているはずの彼女たちだけれど、不思議なことに今日は姿が見えなかった。

 「…?」

 ふと、どこかから囁き声が聞こえてきた。どうやら、侍女たちが回廊の片隅で内緒話をしているらしい。

 「でも、カイン殿下はナナ様のことが…」

 「…そうなのに、私の聞いた話だと…」

 「そしたら、…ラダトームとサマルトリアは…」

 好奇心に駆られ、あたしは足音を忍ばせて寄った。けれど、次に耳に入ったフレーズのお陰で、一歩も動けなくなってしまう。

 「ローレシアの王子様のご婚約の次は、絶対にカイン殿下がナナ様に求婚なさると思っていたけれど…。まさかサマルトリア王家がラダトームとの縁組を優先させるとは予想しなかったですわ。」



 玉座に座るあたしの耳に、ファンファーレの音が届いた。侍従が「サマルトリア皇太子、カイン殿下のご到着です」と告げると、緑の装いの騎士団を率いて、あいつが姿を現す。

 「カイン王子。遠路はるばるようこそお越しくださいました。」

 棒読み口調で告げるあたしに向かってやや意外そうな表情を浮かべながらも、彼は恭しくお辞儀をしてみせた。

 「ご無沙汰しております、ナナ王女。今日も相変わらずお美しい。」

 いつも通りの軽口も、今日はやけに癇に障る。扇子で口元を覆って返事をするつもりがないことをそれとなく示すと、余計なことに、横に控えていた大臣が愛想良く言い添えた。

 「ローレシアに続き、サマルトリア王家でも、この間ラダトームとのご婚約が成立したとか。いやはや、おめでとうございます−−次はいよいよ、ナナ姫の番ですね。」

 にこにこと微笑む大臣に、「ああ、すでにご存知でしたか。」と答えるカイン。あたしは遠慮せずに大きな咳払いをしてやった。

 今日のパーティは、名目上は戦勝記念式典。でも、実際の目的が次期ムーンブルク王家の補佐役探し−−あたしの「婿選び」−−であることは参加者全員の暗黙の了解…なはずだった。

 なのによりによって、その直前にカインが婚約したなんて…。

 「はあ…。」

 まったく、鈍い男。事あるごとにちょっかいを出してくるくせに、やっぱりあたしの気持ちには気づいてないのね。

 そりゃ、今朝の夢ほどとまではいかなくても。でも、もう少しあたしを異性として意識してくれてもいいんじゃないかしら?

 「はあ…。」

 あたしも確かに、カインに対して女らしく接したことはなかったわよ。最初はすごく失礼で自信過剰な男だとしか思わなかったし。

 でも、不思議だけど−−ローレシアの王子も言っていたように、カインには一風変わった魅力がある。軽薄でお調子者で尊大でひねくれてるくせに、何故か嫌いになれない。

 なのに、そんな自分の心境の変化に気づいても、あたしは彼への態度を変えなかった。きっと、これまでの関係を変えるのが怖かったんだと思う。ケンカ相手としてとはいえ、あたしたちは仲が良かったから。

 それが、よりによって勇気を出そうとした直前に、こんな展開になるなんて…。

 「はあ…。」

 「…どーしたんだよ、ナナ?」

 ため息の連続なあたしに向かい、カインが肘をつついて耳打ちしてくる。手にしていた扇子をぱちんと閉じると、あたしは素っ気無く「別に。どうもしないわよ」と答えてみせた。

 「どうもしない、だって?…退屈が服着て歩いてるって顔してるぜ、お前?」

 「ええ、退屈よ。でも仕方ないわ。このまま手ごろな誰かと政略結婚して、女王として国を治めることに専念して−−。そんな退屈の連続があたしの今後の人生なのよ。」

 「…おいおい。それが花婿選びの夜にお姫様が口にする言葉かよ?ローラ姫のように、愛する相手と素晴らしい国を作る!とか考えねぇのか?」

 馴れ馴れしく肩に伸ばされた手をぴしゃりと叩くと、あたしは「考えないわよ、子供じゃあるまいし。…いくら好きな人がいても、そんなの無理なんだから。」と顔を背けた。

 「好きな男、いるのかよ!?」

 わざとらしく大声を出すカイン。途端に周囲の視線があたしたちに集中した。

 「…何よ?あんたには関係ないことでしょ。どうせ勝算はないんだから、とっくに諦めてるわよ。」

 「ああ−−。まあ、そう気にするなよ。別にミリアのほうがナナより美人ってわけじゃねーぜ?ただ、好みは人それぞれってだけだからさ。」

 勝手にローレシアの王子のことだと誤解してる。…ああ、本当に鈍い男。扇子で隠した顔が真っ赤なのは苛立ちからなのか、それとも恥ずかしさからなのか。もう自分でも分からない。

 「…カインも、あたしをからかいに来たの?冷やかしならお断りよ。」

 「おいおい、おれがナナにプロポーズに来たってどうして考えられないのかね?」

 「何言ってるの!?冗談にしては笑えないわよ!?」

 きっと睨むと、カインはあたしの腰に回そうとしていた手を引っ込めた。「…なんだよ。こえーな」と気まずそうに呟く。

 そのやりとりが、一緒に旅をしていた時とまったく変わらないものに思えて、あたしの胸はずきりと痛んだ。

 すべてがあの頃のままのように見えるけれど。もうすぐ、こんな関係はおしまい。

 だってカインは、ラダトームの姫君と結婚するんだから−−。



 ローレシアの王子や、竜王のひまごといった懐かしいみんなもやって来たけれど、あたしにはまるで目に入らなかった。まるで、マヌーサの術にかかったよう。すべてがぼんやり、現実味のない虚像のように見えてしまう。

 あんなに今日の再会を楽しみにしていたのに−−。カインの婚約話を聞いてから、あたしの気分は最悪だ。

 サマルトリアとローレシアの宰相が常にこちらの様子を気にしているのが分かったので、なるべく人目につかない隅っこでワインの杯を呷る。

 今夜のあたしは誰とも話したくなかったし、誰にも見られたくなかった。

 それでも、各国の役人たちはしつこかった。興味なんてないのに、いやー我が王国にも独身の王子がいらして、このたびのハーゴンの悪行には胸を痛めていたのですよ、なんて聞いてもいないことをべらべらと喋る。

 「あら、ならばどうしてあなたの王子様は、ローレシアやサマルトリアの皇太子殿のようにハーゴン討伐の旅に出立なさいませんでしたの?」とあたしが聞き返すと、その男たちは汗をびっしりとかいて黙り込んでしまったのだけれども。

 もうこれ以上くだらないお喋りに付き合うのはうんざり、そう思ったあたしはこっそりと中庭へ逃げた。

 周囲に誰もいないのを確認すると、池のほとりの木によじ登り、隠しておいた螺鈿細工の小箱を取り出す。そっと蓋を開けると、中には宝石のようなとりどりの貝殻。

 −−これをザハンで貰ったときのことは昨日のように覚えてる。でも、気づけばもう一年以上も経過して、あたしとカインの距離も気づけばどんどん遠ざかってしまった。

 今回の婚約の件でよく分かった。カインを意識していたのはあたしの方だけ。結局、あいつはあたしのことなんて何とも思っていなかった。せいぜい、仲のいいケンカ友達。一緒に世界を救った仲間。同盟国の世継ぎ。その程度。

 だから彼はさっさと未来の花嫁を見つけてしまって、しかもそのことに罪悪感を覚えている様子すらない。だってカインにとって、あたしは恋愛の対象外なんだから−−。

 やり場のない悔しさがこみあげてきて、あたしは小箱を振りかざした。中身を地面にぶちまけて、一つ残らず踏んづけて粉々にしてやろうと思った。それから破片を池に捨ててしまおうと思った。あたしの恋心も一緒に、跡形もなくばらばらになってしまえばいい。

 でも。

 「…ううっ……!」

 −−違う。あたしはこんなことがしたいんじゃない。

 カインのことが好きだった。ううん、今でも大好きだ。

 17歳の誕生日に貰ったプレゼント。最初は他のみんながくれたものと同じくらい気に入ったのだけれど、後でオルム船長が「あのぼうず、あんたのために一晩中砂浜を探し回って集めてたぜ」と教えてもらって、すごく嬉しかった。

 でも、あたしはカインにそう言わなかった。だって、とてもじゃないけど恥ずかしくて口にできない。そんなのはあたしの性分じゃない。

 おまけに、あのカインのことだから、本当の気持ちを告げたらきっとあたしをからかうに違いないって思って、そのまま何も言わずにいた。

 このドレスのように、大事な想いは普段からあまり見せたくなかった。いつか相応しい時が来るまで、こっそり隠しておきたかった。

 なのに、なんていう皮肉。お気に入りのドレスを着て、宝物にしていた貝殻を見せて、ずっと秘めていた気持ちを告げようと思ったときには−−もう手遅れ。彼は他の女の子を選んだ後だったなんて…。

 だから早く忘れるようにしないと。このままじゃ辛すぎるから。

 大丈夫、あたしは強い。きっとすぐに過去のことだって笑顔で思い出せるようになるわ。『ああ、確かにカインのことは好きだったけれど、今ではいいお友達なのよ』って−−。

 そう考えた途端、ぽたりと涙が宝石箱の上にこぼれた。ピンクの可愛いさくら貝。でも今のあたしは、これが似合う女の子じゃない…。

 誰にも邪魔されずに思いっきり泣きたい気分。もういい、皆が楽しそうに笑っているパーティなんてうんざりだ。部屋に戻って一人になろう。今夜は無理だ、カインに会ったその日のうちに彼への想いを忘れることなんてできない…。

 ごしごしと目元をこすり、そっと立ち上がる。お化粧が崩れてすごい形相になっているだろうとは思ったけれども仕方がない。誰にも見られずに部屋へ戻ればいいんだから。

 「−−ナナ?」

 …ああ、なのに。どうしてこの男はあたしをそっとしておいてくれないのかしら!?

 小箱を持っていた右手をそっとドレスの襞に隠し、聞こえなかったふりをして部屋に下がろうとすると、カインはあたしの肩を掴んで遮った。

 途端に早くなる鼓動。口から心臓が飛び出してしまうんじゃないかと不安になるくらい。

 でも、顔を逸らしていたせいか、カインはあたしの動揺には気づかなかったようだった。

 「おい、どうしたんだよ?今夜の主役の姿が見えなくなったから、ずいぶんと探したんだぜ?」

 「うるさいわね、あんたには関係ないことでしょ!」

 つっけんどんな口調に驚いたようだけど、彼はすぐに不機嫌そうな表情になる。

 「…あのなあ、ナナ。そうやって『関係ない』ばっか連呼するなよ。」

 「そうね、あたしたちは一緒に戦った大事な仲間、ロトの末裔たちですものね!」

 ありったけの皮肉をこめて言い返す。

 「じゃあ、失礼いたしますわカイン殿下!どうぞパーティの続きをお楽しみあそばせ!!」

 高慢で、不快感を煽るような物腰が効いたのか、彼はぴたりと動きを止めた。信じられないといった様子でこちらを見つめる。

 けれど、あたしは必死で視線を逸らした。−−これでいい、もう金輪際カインと二人きりになることなんてない。そうすればあたしの気持ちも永遠に隠しとおせる。いつかは自分でもこの苦しみを忘れて、すべては無かったことに−−

 そう考えると同時に、ぴたりと足が止まってしまった。これまで決してカインに告げなかったあたしの想い。これからも口にすることはないであろう恋心。本当にそれでいいの?ともう一人のあたしが問いかけてくる。決意を翻して戻るべきか、それともこのまま進むべきか迷っているうち、

 「ナナ、待てよ!お前の好きな男って…!」

 「きゃっ!!」

 後ろからカインに肘をつかまれ、小箱が落ちる。はずみで蓋が開き、中身がこぼれてしまう。きらきら輝く、宝石のような貝殻。

 「な、なんだ…?」

 「やだ、見ないでよ!!」

 あわててカインの視線を遮ろうとしたけれど、無理だった。あたり一帯の地面に散らばったあたしの宝物。そのうちの一つ、足元に転がってきた巻貝をカインは拾い上げる。

 「アクセサリー?…いや、こりゃザハンでおれがプレゼントした貝殻じゃねーか!お前、まだ持ってたのかよ!?」 

 ぷつん。その一言で、これまで張り詰めていた緊張の糸が切れた。アルコールのせいもあって、必死で我慢しておこうと思っていたことまでどんどん口に出てきてしまう。

 「返してよ!あんたにとっては気まぐれの贈り物でも、あたしにとっては大事なんだからね!!」

 「な…どうしたんだよナナ、そんな突然…」

 「突然なんかじゃないわ!ずっとカインが好きだった、この貝殻はあたしにとっての宝物だった!!なんで気づかないのよ、この鈍感!!」

 当初はあたしの気迫に圧された様子のカインだったが、すぐに怒ったような、照れたような表情になって言い返してくる。

 「鈍感って…そりゃナナの方だろーが!!おれだって、ずっとナナのことが好きだったんだぜ!?」

 「嘘ばっかり!あの旅の最中だって、カインはいつも他の女の子にもちょっかい出してたじゃないの!!」

 「いや、それはだな…」

 彼が弁解する前に、あたしは重々しく続けた。

 「それに……あんただって認めたじゃない。サマルトリア王家でも、婚約が決まったんでしょう?」

 「は?」

 「お相手は−−ラダトームの貴族だって。」

 「…ああ。」

 悪びれもせず、カインは率直に頷く。きりきりと痛む胸元を押さえながら、あたしは振り絞るような声で訊ねた。

 「あんたがその人を選んだんなら、あたしはもう−−諦めるしかないんだから。下手な期待を持たせないでよね。」

 「いや、ちょっと待て。どうしてナナのこととあいつが関係あるんだ?」

 しれっと聞き返してくるカイン。まさかあたしと将来の奥さんと、二股をかけるつもりじゃないでしょうね!?

 「だって…!この間に婚約したんでしょう?」

 「ああ、ティアがな。」

 「え。」

 「本当はおれの方が先にナナにプロポーズするつもりだったんだが、ラダトーム側がサマルトリア王家との縁組に乗り気で、おれはティアに先を越されちまったってわけさ…って、ひょっとして、おれが結婚すると思ってやけになってたのかよ、ナナ!?」

 これまでのあたしの振る舞いに勝手に納得して(とはいえ、癪なことにあいつの読みは正解だったのだけれど)、カインは遠慮なく笑い出す。

 −−あたしの手のひらが空を舞った。

 その、ほんの数秒後。

 「…悪かった。ムーンブルクのナナ姫、どうか私の非礼を許してくださいますか?」

 頬を真っ赤に腫れ上がらせながら、カインが真剣な顔つきであたしの前に跪く。そのギャップに、こちらも思わず笑ってしまった。

 「そうですわね、サマルトリアのカイン殿下。この償いは高くつきますわよ?」

 恭しくお辞儀をすると、彼はあたしの手を取った。

 「まあ、別に一生かけて償うってのでも構わねーけどな、おれは。」

 その言葉に、あたしの顔までカインに負けず劣らず紅潮した。お互いどう会話を続ければいいのか分からず、目を逸らしたまま口ごもってしまう。

 「…ねえ、せっかくだし踊らない?」

 気まずさを誤魔化したくて、あたしは提案した。広間からはやや離れているものの、楽団の奏でるワルツの音色は中庭でもじゅうぶん聞き取れた。大勢の人々の好奇の目に晒されるホールでは素直になりにくいけれど、二人っきりのここなら−−。

 何をいまさら、とバカにされるかも知れないと思ったけれど、意外なことに、カインはちょっとだけ照れくさそうな様子であたしの腰に手を添えてきた。「そういや、ナナと踊るのは初めてだよな」って言いながら。



 テラスにいたローレシアの王子は、人目を忍んでダンスを踊りだした二つの人影を認め、小さな笑みを浮かべた。

 「いつまで経っても、お互い素直になれないみたいだから心配だったけど…。カインとナナも、やっと一歩進展ってとこかな?」

 でも、これで万事円満というわけではないんだろうなあ…内心でそうぼやきつつも、二人を祝福するように王子はグラスを掲げたのだった。




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 こちらのアンソロに寄稿させて頂きましたv